ヨーガ療法によるストレス・マネージメント

鎌田穣

 

ヨーガ療法Yoga Therapyとは

「ヨーガ療法」は、5000年間インドのヨーガ行者らに脈々と受け継がれてきた伝統的ヨーガに基づいています。伝統的ヨーガは、解脱を目的とする心の自己修行体系としての理論と技法、さらには哲学を発展させてきました。1920年代から、インドのカイヴァルヤダーマ・ヨーガ研究所で伝統的ヨーガの医学的検証が開始され、その流れの中で「ヨーガ療法」が医療の中で再構成されることとなりました。これまでに、Swami Vivekananda Yoga Anusandhana Samsthana (sVYASA)が中心となって全世界に広めてきました1)

日本においては、ヒマラヤのヨーガ・ニケタンでスワミ・ヨーゲシュバラナンダ大師の元で修行され、ラージャ・ヨーガ・アチャルヤ(阿闍梨)となって帰国してきた木村慧心先生が、1981年に日本ヨーガ・ニケタンを設立して伝統的ヨーガを伝え始め、その後、2003年に日本ヨーガ療法学会を設立してヨーガ療法の普及を始めました。現在、3年間のインド中央政府公認・()日本ヨーガ療法学会認定ヨーガ教師・ヨーガ療法士課程(YIC & YTIC)を設置し、日本全国で開講しています。20143月現在で、会員数は2000人を越える勢いで、学会認定ヨーガ療法士もすでに日本国内で1200人を越えている状況です。近年では,東日本大震災被災者への積極的支援が展開され,また2008年から継続されているチェルノブイリ原発被害者支援の効果研究発表や大規模災害の後遺障害に対する医学部との共同研究も進んでいます。さらには,厚生労働省の研究助成を受けた九州大学による有害事象の大規模横断調査研究も行なわれました。世界で出されている多くのエヴィデンスにも支えられて、日本のヨーガ療法は、統合医療の代表的な療法の一つとして認知されるようになっています。

さて、ヨーガ療法は、中医学や漢方医学と同じように、独自の人間観、病理論、治療/指導論、技法論、哲学を完備しており、身体的・精神的・社会的健康のみならずスピリチュアルな健康をも増進させていくことを可能とする健康実現法であり、対人援助体系です。また、認知の修正を中心とした心の自己制御法であることから、心理療法体系ともいえます。

 

ヨーガ療法の人間観

人間観は、約2800年前に記された『タイッティリーヤ・ウパニシャッド』に示されているところの人間を5層に分けて考える「人間五蔵説」と、約2300年前に記された『カタ・ウパニシャッド』に見られる人間を10頭立ての馬車に例える「人間馬車説」という考え方に基づいています2)。五蔵説では、人間を5層の鞘に分けて考え、最も外側の食物から形成されている肉体の層は「食物鞘」、次は呼吸によって体内に取り込まれるエネルギー(プラーナ)で形成される層の「生気鞘」、さらには、知覚作用と感情・感覚の伝達作用が行なわれる層の「意思鞘」、認知や知的判断を司る最も重要な心的活動を行なう層「理智鞘」、そして忘却された記憶も含む全ての記憶の貯蔵庫「心素」を含み、純粋意識としての真我につながっているとされる層の「歓喜鞘」の、5層の多重構造の統一体として人間をとらえています。伝統的ヨーガは、これら各鞘での自己制御を行ない、人格の成長を促しつつ、最終的には完全なる統一体を目指し、解脱に導いていくことを目指します。この伝統的ヨーガにおける詳細な心理分析、8段階の修行法としての八支則、そして解脱状態について記載しているのが、2000年ほど前に編纂された『ヨーガ・スートラ』であり、これは現在でも全世界のヨーガ修行で利用されています2)

 

病理論

 五蔵説にもとづくヨーガ療法の病理論では、マンジュナート博士によると3)、病気を、変化する無常なるものを普遍的な常なるものと錯覚する理智鞘における認知の誤り、つまり「無智さ」という基準からとらえ、(1)無智さから生じない感染症や外傷などの病気と、(2)無智さから生じる心身症等の病気に分けて考えます。(1)については、外的物理的要因に起因するため、ヨーガ療法では自然治癒力の増進とリハビリを目指します。(2)に分類される疾患は、現代的に考えると、認知が関与する心身相関による疾患で、ストレス関連疾患といえます。さらに歓喜鞘内の記憶からの影響や、欲へのとらわれと執着によって、判断機能が著しく乱れると、理智鞘での偏ったあるいは不合理な認知がさらに強まり、そこから不安・抑うつ感等の感情反応が生じ、続いて意思鞘における思考の流れや知覚器官の乱れが生じ、それによって生気鞘での呼吸の乱れが生じ始め、そこから食物鞘での生理的反応が生じます。そして、身体組織の乱れが慢性化することによって心身症が発症すると考えられているのです。つまり、(2)の病気に見られる思考と感情の関係は、認知療法における思考と感情の関係に酷似し、また病気発症のメカニズムは、現代心身医学で考えられているような、心身相関による発症メカニズムとも基本的に重複しているといえるでしょう。ヨーガとは同胞関係にあるインドの伝統医学アーユルヴェーダの内科医学書『チャラカ・サンヒター』4)においても、心身相関に関する記載が多数みられ、特に、第11154節には、治療の中に心理療法が示されていることは、特筆すべきことでしょう。

 

治療/指導論と技法論

ヨーガ療法における治療/指導論は、先述した各層での不調をアセスメントし(ヨーガ療法アセスメント)、そのアセスメントに従って各種技法を選択し、言語的介入技法であるヨーガ療法カウンセリングを行ないつつ各技法を実施し、心身の調整を図っていきます5)。通常、身体面には、座法という身体運動技法と呼吸法を実施し、筋骨格系の調和(食物鞘)と呼吸・生体エネルギーの調和(生気鞘)を図ります。同時に、身体的動きや呼吸状態を「意識化」し、そこでの身体感覚や5感(視・聴・味・臭・触覚)への意識化や「客観視」を通して心的作用の乱れの自己制御を目指していきます(意思鞘)。さらに、未来や過去に暴走する思考を「今ここ」に戻していく客観視、テーマに沿った過去記憶の客観視による意味づけの修正を目指す「ヴェーダ瞑想」、さらには「ラージャ・ヨーガ」「カルマ・ヨーガ」「バクティ・ヨーガ」「ギヤーナ・ヨーガ」といった4大ヨーガが示す生きる上での智慧と哲学の理論学習および心理教育によって、全ては無常にして一過性であり、苦しみは自身の執着で作り出している、という認知の修正を図り(理智鞘、歓喜鞘)、無智からの脱却を目指していきます。これは、自身をうつろいゆく一過性の対象としてとらえ、そこにこだわることなく、我執から離れ、欲から離れることによって安定した不動なる心を作り上げていく、というスピリチュアリティに直結した東洋的アプローチであり、自我の確立を目指す西洋的アプローチの対極に位置するものといえるでしょう。

技法論としては、伝統的ヨーガの各技法の応用方法の基準が開発されつつあります。これらのアプローチは、カバット・ジンが提唱するマインドフルネス瞑想や、第3世代の認知行動療法とオーバーラップするところが極めて多いといえます。

 

ヨーガ療法によるストレス・マネージメント

 現代心身医学におけるストレス・マネージメントの基本は、1)リラクセーション、2)認知の修正、ということが考えられます。ヨーガ療法では、座法、呼吸法、客観視によって身体的精神的リラクセーションに導きます。座法では、緊張と弛緩の繰り返しによって、筋肉の柔軟性を高め、アイソメトリック・アーサナRによって筋力を強化し、全身の血流改善を図り、同時に脳の血流改善も図ります。鎮静化の呼吸法によって、副交感神経を刺激し、脳への刺激を与えていきます。また、瞑想と心理教育によって認知の修正を図っていきます。客観視の瞑想は、未来や過去に飛び回り暴走する思考を今ここに戻し、幻である迷妄の状態からの脱却を図ります。心理教育とテーマ付のヴェーダ瞑想によって、記憶のお掃除とも呼べるような記憶への意味づけの修正を行ない、また現在や未来への意味づけも修正していき、自身が作り上げているこだわりからの脱却を図ります。

ヨーガ療法は、このような一連の介入によって、実習者が自身のこだわりについての自己理解とその認知の修正を行ない、心身両面での自己制御力を高め、身体的、精神的、社会的、スピリチュアルな面での健康を確立できるよう、援助していくのです。

当日は、ヨーガ療法の概要を示し、講話付アーサナを実習しつつ、ヨーガ療法によるストレス・マネージメントを体験していただく予定です。

 

文献

1)木村宏輝:インド5千年の智慧−ヨーガ療法,心身医学, 48(1)37-442008.

2)木村慧心:『実践ヨーガ療法』.東京,2011,産調出版.

3)マンジュナート,N.K.:ヨーガ療法−その科学的根拠、ヨーガ療法研究、516-252007

4)日本アーユルヴェーダ学会:『チャラカ本集総論篇』.大阪,2011,せせらぎ出版.

5)木村慧心:現代ヨーガ療法概論,日本統合医療学会誌,6(2)6-92013

 

鎌田穣カマタミノル

博士(学術)、臨床心理士、精神保健福祉士、日本心身医学会認定医療心理士、インド中央政府公認・()日本ヨーガ療法学会認定ヨーガ療法士、認定ヨーガ療法士会大阪副幹事長、日本ヨーガ療法学会研究委員、日本心身医学会近畿地区代議員。

ヨーガとの出会いは、27歳時。沖ヨガの系列で学び、以後、心療内科にてハタ・ヨガのグループ療法を開催。2007年に木村慧心先生と出会い、ヨーガ療法にのめり込み、現在の臨床の中心はヨーガ療法とアドラー心理学に依拠する心理療法。